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人格勝る技術はない。

2025.08.18

人格勝る技術はない。

先日の初診の方との会話が、改めて私に大きな気づきを与えてくれました。
その方は現在、他院で前歯の治療を進めている最中でした。すでに型取りを終え、最終的な歯を入れる段階。しかし仮歯の時点から「しみる」症状が続き、不安を感じていました。それでも、担当の院長先生にその不安を伝えられなかったのです。理由を尋ねると、「院長が怖くて、質問や意見が言えない」とのこと。患者さんは不安を抱えたまま治療が進み、最終的な歯を入れるのをためらっていましたが、すでに作製が進んでいるため引き返せない…そんな板挟みの状態でした。

さらに話を聞くと、インプラントに関しても以前別の医院で経験があったそうです。しかしそこでは、治療の説明がほとんど費用と本数の話に終始し、「本当に自分に必要なのか」という疑問を相談できなかったとのこと。
「どちらの医院も技術はあるのかもしれない。でも、安心して話せる雰囲気がない」——これが患者さんの率直な感想でした。

私はこの話を聞いて、胸が締めつけられる思いでした。
なぜなら、どれだけ技術や知識を磨いても、患者さんの信頼を得られなければ、その技術は十分に活かされないからです。むしろ、信頼がない状態で進める治療は、患者さんにとって不安でしかなく、満足度も低くなります。そしてその不安は、治療結果そのものに影響を及ぼすことすらあります。


技術は必須。しかしそれ以上に問われるもの

歯科医師にとって技術は当然の基盤です。
適切な診断力、精密な手技、最新の知識——これらを日々研鑽することは欠かせません。しかし、患者さんにとって「良い医療」とは、技術的に正しいだけではありません。むしろ、「自分の不安や希望を安心して伝えられる関係性」があるかどうかが、満足度を大きく左右します。

人は、専門的な知識や技術の良し悪しを正確に判断するのは難しいものです。代わりに、「この先生は私の話をきちんと聞いてくれるか」「怖くないか」「信頼できるか」という、人としての関わり方で安心感を判断します。つまり、医療現場における第一歩は、相手の心を開くための“人格”なのです。


日本の医療に根付く「言えない空気」

この「意見が言えない」構造は、歯科に限ったことではありません。
日本の医療全体に共通する課題でもあります。
例えば、がんの診断を受けた患者さんに対して、医師が「この抗がん剤を使えば1年。やらなければ3ヶ月です」と説明する場面があります。この言葉には、一見明確な科学的根拠があるように感じますが、果たしてそれは何をもとにした数字なのか。実際には統計の一部を切り取ったものであり、すべての患者に当てはまるわけではありません。それでも、この説明を受けた多くの方は「はい」と答えるしかない状況に置かれます。
本当にその治療が自分に合っているのか、選択肢は他にないのか——そうした疑問を患者自身が考える機会が奪われてしまっているのです。

この「気軽に質問できない」空気こそが、日本の医療の弱点だと私は思います。そろそろ、患者さん自身が疑問を持ち、納得して治療を選ぶ文化に変えていかなければなりません。


患者さんが声を出せない理由

今回の患者さんが「しみる」と言えなかった理由は、単に性格が遠慮がちだからではありません。過去の経験や院長先生の態度から、「言っても聞いてもらえないだろう」という諦めが先に立ってしまったのです。
これは医療側から見れば非常に大きな問題です。なぜなら、不安や違和感をその場で解消できないまま治療が進めば、後戻りのきかない状況でトラブルが顕在化する可能性が高まるからです。

本来、医療とは患者さんとの共同作業です。患者さんが本音を話せない関係性では、最善の結果は望めません。ここで問われるのは、医療者の「傾聴する姿勢」と「安心感を与える人格」です。


人格は一朝一夕では磨かれない

技術は努力すれば比較的短期間で向上します。最新の機器や材料を取り入れることも可能です。しかし、人格はそうはいきません。日々の患者さんとのやり取り、スタッフや家族との関係、社会での振る舞い——こうした積み重ねが人柄をつくります。

患者さんから信頼を得るための人格とは、決して特別なカリスマ性を指すわけではありません。
・相手の立場に立って考える共感力
・誤りを認め、修正する素直さ
・自分の都合よりも患者さんの利益を優先する誠実さ
これらを持ち続けることです。そして、それは日々の行動に現れます。


技術と人格のバランス

私たち医療者は、技術研鑽と同時に人格形成にも意識を向けるべきです。どちらか一方だけでは、長期的に患者さんの信頼を維持することはできません。人格が伴わない技術は、患者さんの不安を助長し、やがて評価を落とします。一方で、人格があっても技術が不十分であれば、期待に応える治療はできません。

「人格勝る技術はない」という言葉は、人格が技術より上という意味ではなく、技術を最大限に活かすためには人格が不可欠である、ということです。人格は技術を引き立て、患者さんの心を開き、治療の成功率を高めます。


最後に

今回の患者さんは、セカンドオピニオンを通じて「自分の気持ちを話せる」場所を求めて来院されました。その姿勢は勇気ある行動です。私たちは、その勇気に応えるだけの技術と人格を備えていなければなりません。
どれだけ器用に歯を削れても、どれだけ高額な機材を揃えても、「この先生なら大丈夫」と思ってもらえなければ、それは宝の持ち腐れです。

人格を磨くことは、終わりのない課題です。日々の診療、日常の会話、スタッフとの関係——すべてが自分を形づくる要素です。技術だけでなく人格を磨き続けること。それこそが、医療人としての本当の価値を高める道だと、改めて感じています。

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