「保存できない歯」を一緒に受け入れてくださった患者様——インプラントで取り戻した、本当の意味での「噛む力」
歯科医師をしていて、正直、ほっとする瞬間があります。
「先生、わかりました。お任せします」
その一言が、どれほど治療の質を変えるか。
今日はそんな患者様のお話をさせてください。
来院のきっかけは、シンプルでした。「ちゃんと噛めるようになりたい。全部きれいに直したい」。インプラント希望で、治療への意欲も高く、前向きな方でした。ただ、口腔内の状況は、決してシンプルではありませんでした。
術前写真



複数の歯が、他院で神経を取る処置(根管治療)を受けていました。神経を取った歯は、いわば「枯れ木」のような状態です。血液が流れなくなるため、歯そのものが脆くなり、感染のリスクも上がります。すぐに問題が出るわけではありませんが、長期的に見ると、再治療や抜歯に至るケースは少なくありません。
私は、他院の処置を否定したいわけではありません。当時の状況で、最善の判断をされたはずです。ただ、現実として、歯科治療に「100%うまくいく保証」はありません。前の処置がどれほど丁寧でも、歯の状態によっては、その後に問題が生じることがある。これは歯科医師なら誰でも知っている事実です。
治療を始めてしばらく経ったとき、その現実が目の前に現れました。
経過が良くない歯が出てきたのです。根の状態、歯を支える骨の吸収、感染の広がり——総合的に判断した結果、「この歯は保存できない」という結論に至りました。
この判断を患者様に伝えるとき、正直、身構えます。「せっかく残した歯なのに」「前の先生は抜かなくていいと言っていたのに」——そう感じる患者様がいても、まったく不思議ではないからです。
でも、この方は違いました。
説明をしっかり聞いてくださり、「先生がそう判断するなら、抜いてインプラントにしましょう」と言ってくださった。責めるでも、迷うでも、疑うでもなく。ただ、現実を一緒に受け入れてくれた。
この「理解」が、すべてを変えました。
抜歯のタイミング、骨の状態の回復、インプラント埋入、上部構造の装着——治療は段階を踏んで進んでいきます。「全部直したい」という目標に向かって、一歩ずつ積み上げていくプロセスです。トータルで約1年半かかりました。
長いと感じる方もいるかもしれません。でも、インプラントは「20年もつ」ことを目標に設計する治療です。1年半かけてしっかり作った土台は、その後の何十年を支えます。焦って作った構造物が、5年で崩れる。そちらの方が、患者様にとって大きな損失です。
治療が完了したとき、患者様が言ってくださった言葉は今でも覚えています。「噛めるって、こんなに気持ちいいんですね」。
術後写真



今でも、定期メンテナンスに欠かさず来院されています。しかも、毎回30分前には到着されている。治療に対する真剣さが、そういうところに自然と現れます。
患者満足度は、率直に言って、非常に高いです。でも私が本当にありがたいと思っているのは、満足度の数字ではなく、「一緒に現実と向き合ってくれた」こと。
歯科医師が治療の質を上げるためにできることは、技術を磨くこと、機材を整えること、そして——信頼できる患者様と向き合うこと。
この方は、その全部を教えてくれました。
保存できない歯を抜くことは、「負け」ではありません。問題を先送りにせず、長期的な口腔の健康を守るための、正しい判断です。
その判断を一緒にできる患者様に、心から感謝しています。
医療法人 KANEKO DENTAL OFFICE
院長 金子泰英
歯学博士/日本口腔インプラント学会指導医・専門医